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2008年12月15日 (月)

ハル

「セイ透明ハロー~」の構想でもっとも初めの頃に浮かんだのは、「2重構造の話にしよう」ということ。

世の中、映画でも芝居でも2重3重構造の話はいっぱいあって、どれも実にうまいことリンクさせているなあ・・と感心していたのだ。どちらかと言うと、絶対あたしには書けねえぜ・・・と思ってたんだけど、でも、できねえぜ・・・と思うことをやりたがるのが、あほな私の性なのです。そして、か、書きたい・・といつしか思うようになってしまった。よし!書いてやる!が・・・さてどうやって繋げる・・・。

同じ人間の幼少時代と青年期、これだ!神様は降りてきてくれた。んー、単純だなあ。すぐ分かってしまうよなあ・・と思う。でも以外とお客さんってのは分からないもんだよ。BYおっかまん。の言うように実際なかなか話が見えてこないお客様は多かった・・(け、計算どおりじゃないか・・・)

そしてその少年の名は「ハル」。ハルという響きが実にいい。私の中では、季節の「春」だった。寒い長い冬を越えて迎える春。季節の始まり。凍てつく大地と雪を溶かし、芽生え息づく最初の一歩。巡る四季の第一歩である。

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少年はさっちゃん(テクイジの松村里美さん)にお願いした。少年という役柄が私の知る女優の中でもっとも似合うと思ったのだ。ご存知の方も多いと思うが、さっちゃんは色んな芝居でも殆どが男性役、少年役である、お、女の役をほとんどやっていない・・・と語る女優である。普段からその醸し出す「中性」の魅力はそれだけで十分なくらいの「少年的要素」である。そして少年っぽさだけに限らず、なぜ、さっちゃんか。

一言で簡単に言ってしまえば彼女の中にある「Pure Soul」である。実は大人年齢ではあるが、根っこが子供のように純真なのだ。なので少年ハルはさっちゃんなのだ。

芝居そのものも実に素直な芝居をする。飾らないありのままの自然体な芝居である。ハルの中で絶対欠くことのできない要素「純粋」。ゆえの心の病だった。揺ぎ無く人を信じること。これを強く秘め、そして少年の中に込めてくれた。

夕方6時5分前。遊園地の閉館時間の寸前で帰ってこない父親を待つハル。この伸ばした手の先には何も触れることができなかった。けど20年後には掴むのです。自分の踏み出した足と伸ばした手の先に。この必死に手を伸ばすシーンがなければラストシーンはありえなかったのです。

後半は、大人になったハルの中にいる「もう一人の自分」として存在し、青年ハルとリンクしたり戦ったり、あがいたり、もがいたり、そして共に進もうとしたりします。難しい役でしたが、とても純真な「少年ハル」をつくってくれた。さっちゃん、ありがとう。

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